■ CUBE -私見- (映画感想文?コラム?)
2007年 02月 15日 |
えー、せっかくなので、ボクがみたCUBEということでひとつ生意気にもコラムを書いていきたいと思う。



CUBE考察

まず設定から考えてみる
 この映画、なにやらわけの分からない立方体の中に閉じ込められた数名の人間が、数あるトラップの中無事に生還できるかどうかというハラハラサスペンスのような様相ではあるが、実際のところコレはサスペンスかというと私にはサスペンスには思えなかった。むしろ人間が本来歩くべき道のような、それでいて励まされているようなそんな感情を抱いた

 まず冒頭のところてんのようなミンチになって一人目が罠にかかり殺されるシーン。
ここではストーリーを進めていく上での問題提起という印象が非常に濃いと思われた。
もちろん、表向きのストーリーのイントロダクションであることには変わりはないので
その辺の描写も踏まえ不器用ながらクロスさせながら今後進めていきたいと思う。

 ここでの問題提起はなにか? ・・・・・・それは、
「あなたは生きていく中において自身がズタズタに切り裂かれるような、そんな巨大な壁につきあたったらどうしますか? それは人生において非情なまでの恐怖であり、克服するのは難しいでしょう。そんな中アナタはその恐怖に耐え壁を乗り越えることができますか?」
というもの。

 この問題提起によって、物語が始まる。
舞台はなにやら怪しい立方体の中。各方向(計6箇所)に扉がある。
オープニングのシーンで目だけを写し、ドキッとさせられるが、コレこそがボクには作者のトラップだと思えた。

いわゆる、桜塚やっくんの、「はいっ、ちゅーもーく!」ってやつと一緒だね。
ドキっとさせられることで一気に物語りに引き込まれる

・・・・・・で、立方体。
 この謎の立方体、これは簡単に主旨が読めた。もちろん私の主観だから必ずしも正しいとは限らないのだが、おそらくコレは、現代の社会や世界といったものを象徴していると思われる。
限りはあるが、数え切れないという点では無限に広がり、そしてどこまで行っても同じ。つまり地球上どこへ行っても一瞬見た目が違っても同じように時が進んでいるということを指しているのではなかろうか。
 さらに、いろんなレビューで、「あんでいきなりソコからなんだ?」というものが多かったが、それは社会に存在している我々視聴者は既に社会の一員であることを暗示しているんだと思うのです。

 そして6つの扉。これは一つの部屋と一緒に考える必要があるが、一つの部屋はそれぞれの人生の問題、そして大体が6つもパターンを検討すればその中に答えは見つかるであろうという考えではないのだろうか。そもそも自分がなにか危機に直面した時にそれを脱却しようと考えることをはじめたとき、6つもケースを想定してシミュレーションする人間がどれだけいるのだろう?
 いやそれは当たり前のことで、6つも考えられないのは、もしかしたらボク一人かもしれない。しかしレビュー見る限りこの映画が難解だといっている人でさえも6つの見方すらしていないと思うのです。

そして登場人物を整理する
  • クエンティン
  • レヴン
  • ワーズ
  • ハロウェイ
  • カザン
  • レン
      の六人だが、この六人の職業など設定を見てみよう
      それぞれはこうだ
  • クエンティン 警察官
  • レヴン 学生(数学の天才)
  • ワーズ このキューブの外壁の建設者
  • ハロウェイ 医者
  • カザン ちょっと病気、自閉?パニック?なんだろう
  • レン 天才的脱走犯
      コレが何を象徴するのか考えてみた結果行き着いた答えが以下
  • クエンティン (暴力と権力)
  • レヴン (知力・理屈)
  • ワーズ サラリーマン(単なる言われるがままの使用人)
  • ハロウェイ (地位・名声・金)
  • カザン (無垢・純粋)
  • レン (悪の心・野心(目標ではない低俗なもの) )となる。
      そして、死んだ順番
  • レン
  • ハロウェイ
  • レヴン
  • クエンティン
  • ワーズ
  • カザン(生き残り)
     ココから、製作者である監督ヴィンチェンゾ・ナタリの認めたくないモノの順番ではないかと思われる。
    彼はこの映画までは世に注目すらされない監督だった。そのあたりも含め検討してみた。

     おっと、ココでこのキャラたちの死んでいくことの意味も述べておかねばならないね。それはすなわち単純なこと。
     「そういうものを持っていても最終的には生き残れない=問題の解決には何の意味も持たない」
    ってところだね。

     これは人だけに限ったことではなく、国や自治体などにも同じことが言えるんじゃないのかな?そういう意味での社会的警告という風にボクは受け取った。

     で、死んだ順番にもどるが、その順番こそ、ナタリ監督が必要ないと思う順番なんだろう。
    いや、必要ないというと違和感があるな。役に立たないといった方がいいかな?
    いまいちドンピシャの表現が見つからない。

    それじゃ死に方と順番を検証
     まず、悪は認めちゃいけない。だからレンが最初。そしてイージーミスというとてもつまらない死に方。悪い事で培った力など所詮独りよがりのもので、そんなもんクズでしかないということだろうね。その証拠に、たった二部屋で死んでいる。

     次に必要ないのは地位や名声。犠牲者は行き遅れ女医のハロウェイ
    どんなに必死に気付いた地位も名声も、本当の危機では何の役にも立たないということが言いたいのだろう。ちょっと脱線するがタイタニックでも同じことをひょうげんしてるね。救命ボートには女子供が先、金や地位では救出を優先してもらえないってね。
    さらに死に方。どんなに地位が高くて社会に認知されていていい人生を送っていようとも、必ずそれより強い権力者などによって足元をすくわれるということだね。これはクエンティンに落とされることで消されたハロウェイの運命そのもの。

     三番目。ココから先は物語の終盤で一気に消えていくのだが、それは表向きの演出もあるんだろう。しかしやはり知性が犠牲になった。しかも一度協力を要請され断ったことによる逆恨みでだ。ここでは、知力は確かに武器にはなりえる。しかし行き過ぎた知力を振りかざすことは他人の妬みや逆恨みを生み、最終的に自分の首を絞めることになるということだろう。しかもその時は何の前触れもなく突然やってくる。ホリエもん&村上の逮捕なんかもそんな例の一つじゃないかな。まぁレヴンはその知識を悪いようには使ってはいないのだが。

     四番目と五番目は非情に僅差だが、ワーズの足止めのおかげでクエンティンが死んでいるので、クエンティンが先と考えよう。押さえている間はワーズはいきていたと。ワーズの足止めとクエンティンの死によって表現されたのは権力や暴力による圧政は許してはいけない、民衆よ立ち上がれという意味もあるのかもしれない。そして最後の最後まで生き残っていたのはその絶対的な力とそして何より、ノーと言えない下っ端どもだったということだと思う。最後に残ったレヴンとワーズは、現代社会におけるサラリーマンと学生という世の中を現場で動かしている人たちだ。そういう人間の反乱という点で符合がつく。

     でおそらくタッチの差(ブリッジキューブを外から写しているので)で最後に死んだであろうは、リーマン代表のワースである。世の中に波風を立てずかといって意思も表に出さずやれといわれたことだけやっているリーマンにもナタリは警笛を鳴らしていたんだろう。
    「民よ、立ち上がれ、国を動かすのは君達だ!」
    といいたかったのではないだろうか?

     そして生き残りはカザン。ぶっちゃけな~んの取り得もないどころか、自閉症患者であるわけだが、それはそういう人達の負い目に対する励ましであり、そして、無欲で純粋な心も合わせて表現している。無垢な少年、人の行為に素直に従える素直な人。でも一見して何にもとりえはない、だから最初はお荷物扱いで否定される役であったわけだ。それを保護していたハロウェイとレヴンには知識や地位・名誉による偽善という意味もあったのかもしれない。
    しかしどうだろう、最後に役に立ったのは誰もがさじを投げた「デカルト座標」を一瞬で解く特殊スキル。これは、自分がどんなに負い目のある人間でも、取り得がなくて何やってもうまく行かないと思っていても、なんかしら人には天才的な特技があって、それにより自分を生かしていくことが出来るという、ゴールの光はあくまでストーリー上のものであって、本当のゴールはカザンがいきのこったいうことではないかと思う。しかも、皆が単なるお荷物のように思っていたのに、自ら因数の数を発言し、自分の手でお先真っ暗な道を開いたのである。


    << 感 想 >>
     とこのような感じでみたら、すごく感動した。強烈に感動した。これの柱になっている部分はかなり前に当時務めていた職場の店長と語り合ったことがあったのだが、正直、今の自分がいてここまでたどり着けたものだと思う。

     検証・コラムという点では最後になるが、自分に置き換えてみよう。
     まず、独りよがりで都合が悪くなると悪に手を染め偽りと偽善で固めた自分。やはり最初に壁にぶつかり通じないことを学んだ。
     次に地位と名声。下記エントリでレンタル社員だった頃の話をしたが、まさにそれがそう。店の中では現場単位での店長に告ぐナンバーツーまで上った。そこで驕った。自信を持つことの意味を勘違いし、捨てるべきプライドを捨てたつもりでいながら実は捨てきれず、最後にはそのプライドが邪魔をして職を失った。いや、解雇ではなく依願だけどね。社は転勤という恩赦とも言える配慮をしてくれたが、そこでプライドが邪魔をして情けで異動しても何の解決にもならない。だから辞意を表明します。と自ら宣言してやめた。
     さらにその後のPCインストの外注でも同じことを繰り返した。まったくもって無能である。そう、校長という肩書きに意地をはり会社がスクールを切り離す際にやはり自ら幕を引いた。しかしこっちはちょっと違う。校長としての成長を社長が良くは思っていなかった。こだわって客のためと考えてきたことを何から何まで経営という視点で却下され言うこと聞けないなら辞めてもらってかまわない。それは君が決めることだといわれた。まさにクエンティンに貶められたハロウェイそのものである。
     で、いまこの病気と闘いながら病気を認知するということで、必死で自分と向き合い精神医学的な知識をネットで調べたり、自分の感情を理性で捻じ伏せたりと、どこかレヴンに重なる行動をとっている。更に、社会への不信から、自ら起業するかということも一時期考え、今はそれどころではなく保留にしているけれど、実際は諦めてはいない。レヴンとクエンティンを同時に演じているようなものだ。そしてCUBEを見る限り、きっとどちらも成功しない。いやそれどころか、NOといえないリーマンへの情けなさも感じているからワースの部分も残っている。更にいつまでもどんなに不器用でも何も出来なくてもいつか自分のもつ持ち味にめぐり合えると綺麗事で信じているあたり、そしてそれにより、ココの定連さんをはじめ不特定多数の方に寄りかからせてもらっている。そのあたりはカザンでもある。
     そういう意味で、今の自分は今後どうしたらいいのかというCUBEという巨大な壁の中をさまよいながらいくつものトラップに危険な目に合わされながらまだまだ苦悩の日々を送っている。
    しかも懲りないことに人間の欲望に以上に弱いので、どこか自らも否定して自分の中からも消されていったレンやハロウェイな自分もうっすら残っている。
    これから自分はどんな道を歩くのだろう?そしてどんな運命をたどるのだろう。
    しかし、カザンのように守ってくれる人をとことん信用しようという気持ちは一番強い。
    もちろん、クエンティンのように騙すやつもいるかもしれないし、レンのようにオメーなんかしらねーよってヤツもいるかもしれない。でも、このブログの定連さんという意味で皆さんの名前を出させていただくが・・・
    (順不同敬称はさんで、若干の前後もあるかと思いますがご了承を)
  • ひろゆきさん
  • aileさん
  • さかなさん
  • まみーさん
  • ひょうたんとんびさん
  • ゼラーナさん
  • 軍曹さん
  • susshieさん
  • けんたろーさん
  • 徳島の悪友さん
  • ぶぶりんさん
  • ピグママさん
  • きなこ少年
    彼らに寄りかからせてもらって、今の自分に何ができるか。この人たちに何をしてあげられるのか、ほんのわずかな足りない脳みそでそれなりに必死に考えている。
    これは現実であってCUBEではないので皆さんを殺してしまうことはありません。
    ただ、いつかカザンのように、みんなの気持ちを受け取って更なる世界へと旅立てるようになりたいなとは感じています。皆さんとのコミュニケーションの中で自分の気付いていない本当の特技は何なのか?それを見つけて社会に戻れればと思っています。

    << 総 評 >>
    映画ってのは人それぞれ感じるものは千差万別で、いろんな考え方がある。
    だからコレを動向というわけではないが、自分への教訓、そして、これから社会に出て行こうという人達に、何か逃げ切れない苦しい壁があったら、初心に戻り純粋無垢な気持ちで生きることだけを考えて欲しいというエールの意味も加えたい。
    この映画はまちがいなくサスペンスではない。むしろドラマ性の高い作品であると考える。
    題材を殺戮という限りなくホラーに近いサスペンス要素に持っていったのは、世の中ともいえるこのまったくの不明の物体がまさにこの世なんだと気付いてほしかったからだろうか?
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